夜、東京の住宅街を歩いていると、暖簾(のれん)のかかった木造の建物から、ふわっと湯気と檜(ひのき)の匂いが漏れてくる—あれが「銭湯(せんとう)」です。日本人が何百年も愛してきた近所のお風呂屋さん。値段は550円。中にあるのは、大きな湯船、地元の人たちの静かな会話、そして時には壁一面に描かれた富士山のペンキ絵。それでも、日本旅行の思い出としてはホテルのスパよりも、ずっと記憶に残る場所かもしれません。
今日は、初めて銭湯に行く方のために、入り方からマナー、東京の良いお店まで丸ごとご紹介します。
1. 銭湯とは何か—温泉や「スーパー銭湯」との違い
「銭湯」は、地域の住民が日常的に利用する公衆浴場のこと。多くの銭湯では水道水などを沸かしたお湯を使いますが、なかには天然温泉を使う銭湯もあります。料金は東京都の場合、大人550円・中人(小学生)200円・小人(未就学児)100円と東京都の入浴料金統制額として定められています(2024年8月改定)。
混同しやすい言葉として「温泉」と「スーパー銭湯」があります。温泉は地下から湧き出る天然のお湯を使った施設(温泉法で定められた成分基準あり)で、料金も場所もまちまち。「スーパー銭湯」は大型の入浴施設で、サウナや岩盤浴、レストランまで揃っていますが、料金は1,000円〜と銭湯より高めです。
街角の暖簾をくぐる「町の銭湯」は、いちばん小さく、いちばん安く、いちばん日常的な日本の風景です。
2. いま、東京の銭湯はどれくらいある?
東京都の資料によれば、都内の公衆浴場数は1968年(昭和43年)の2,687軒をピークに減少が続き、2024年末時点では430軒、2025年末時点では417軒となっています。各家庭にお風呂が普及した昭和40年代以降、銭湯の役割は変わり続けています。
ただし「減った」だけの話ではありません。最近では、若いオーナーがリノベーションした「ネオ銭湯」や、ギャラリーやカフェを併設した銭湯も登場。海外からの旅行者を意識した多言語対応や、キャッシュレス決済を導入する店舗も増えています。
2025年9月には、東京都と東京都浴場組合が連携して、外国人観光客向けの「WELCOME! SENTO」キャンペーンを開始。都内63店舗が「外国人観光客WELCOME! SENTO」のインバウンド対応モデル銭湯として認定されました。多言語案内や観光客向け情報が整った銭湯を探す際の目安になります。
3. 入り方は、たった4ステップ
最初は誰でも緊張するもの。でも、流れさえつかめばシンプルです。

① 暖簾をくぐって、靴を脱ぐ
入り口で靴を脱ぎ、下足箱に入れて鍵をかけます。木札の鍵が多いので、なくさないように。
② 番台で料金を払う
入って正面の「番台(ばんだい)」または受付カウンターで料金を払います。男湯と女湯は完全に分かれているので、暖簾の色や「男」「女」の表示を必ず確認してください。
③ 脱衣場で全部脱ぐ
脱衣場のロッカーに服と貴重品を入れ、鍵を腕や足首につけます。タオル1枚だけを持って浴室へ。日本の銭湯では水着・下着・タオルを湯船に持ち込むことはできません。全裸が原則です。
④ 体を洗ってから、湯船へ
浴室には洗い場(座って体を洗う場所)が並んでいます。桶(おけ)と椅子を取って、空いているところに座り、シャンプーや石鹸でしっかり体と髪を洗います。泡を完全に流してから、湯船にゆっくり入ります。湯船に入る前に体を清潔にするのは、銭湯文化の大切なマナーです。
4. 知っておきたい、10のマナー
日本の銭湯文化を気持ちよく楽しむために、以下のポイントを覚えておきましょう。
• 湯船に入る前に必ず体と髪を洗う
• 湯船にタオルを浸けない(浴槽の外に置くか、畳んで頭に乗せる人もいます)
• 髪が長い人は結ぶか、湯につけない
• 湯船の中で泳がない・潜らない
• 大声で話さない・歌わない
• 浴室で洗濯をしない
• 脱衣場ではスマートフォンや時計などの電子機器は使わない(プライバシー保護のため厳禁)
• 水着や下着は浴室に持ち込まない
• 桶と椅子は使い終わったら元の場所に戻す
• 脱衣場に戻る前に、タオルで軽く体を拭く
特に注意したいのが、脱衣場での撮影・通話・スマホ操作の禁止です。一人でも撮影者がいると不安に感じる利用者がいるため、銭湯では電源を切るか、ロッカーに入れたまま脱衣場には持ち込まないのが理想です。
5. タトゥーは大丈夫?
これは多くの旅行者が気になる点です。
結論からいうと、東京の町の銭湯は、温泉旅館や高級スパよりもタトゥーに寛容な傾向があります。たとえば新宿浴場組合のFAQでも「タトゥーがあっても利用できます」と案内されています。
ただし、店舗ごとに対応が異なる場合もあるため、心配な場合は受付で「タトゥーは大丈夫ですか?」(Tattoo wa daijōbu desu ka?) と聞くのが安心です。小さいタトゥーなら、防水のカバーシール(タトゥーパッチ)で隠せばOKという店も増えています。
6. はじめての一軒なら—東京のおすすめ銭湯
最初の一軒は、観光客の利用が多めで、内装が美しく、英語対応もあるところを選ぶと安心です。
◆ 小杉湯(こすぎゆ)—高円寺
JR高円寺駅から徒歩5分。昭和8年(1933年)創業、2020年に国の登録有形文化財に登録された名銭湯です。浴室の壁には、銭湯らしい富士山のペンキ絵が広がります。名物のミルク風呂(乳白色のお湯)や日替わりの香り湯など、昔ながらの空間が楽しめます。平日14:00〜25:30(最終入場25:00)、土日祝は朝8:00開店、木曜定休。
◆ タカラ湯(たからゆ)—北千住
昭和2年に開業し、昭和13年に現在の場所へ改築された北千住の老舗銭湯。日本庭園を眺められる縁側は「キングオブ縁側」とも呼ばれ、薬湯も人気です。東京の伝統建築をじっくり味わいたい人におすすめ。
◆ 小杉湯原宿—原宿
原宿の商業施設「ハラカド」内に2024年に開業した、小杉湯の新店舗。観光のついでに気軽に立ち寄れる、原宿という立地ならではの新しいタイプの銭湯です。営業時間は7:00〜23:00(最終受付22:15)、木曜定休。
7. 何を持っていけばいい?
銭湯は基本的に「手ぶら」で行けます。
【必須】
• 現金(クレジットカードやSuica/PASMOが使える店舗も増加中)
【あると便利】
• 小さなタオル1枚(浴室で体を隠したり、頭に乗せたり)
• 大きなバスタオル1枚(湯上がりに体を拭く)
【現地で買える】
• シャンプー・リンス(無料設置の店も多い)
• 石鹸・ボディソープ(同上)
• タオル(購入50〜200円、レンタル100円前後)
何も持っていなくても、受付で「タオルセット」(150〜250円)を買えばすべて揃います。シャンプー類は備え付けの店もありますが、ない場合でも受付で購入できることが多いので、本当に手ぶらでも大丈夫です。
湯上がりには、ロビーの自動販売機で売っている「コーヒー牛乳」または「フルーツ牛乳」を腰に手を当てて飲むのが、昭和から続く銭湯の作法です。
8. お湯から上がるとき、新しい体験
東京で大きなお風呂に入る経験は、ホテルでも体験できます。でも、銭湯は違います。地元の人と肩を並べ、同じお湯につかり、同じ天井を見上げる—それは、観光地のどこにも書かれていない、日本のいちばん普通の風景です。
旅の合間の夕方、汗をかいた一日を終えて、近所のおじいちゃんに「いいお湯ですね」と日本語で言ってみる。返ってくる笑顔は、おそらく今回の旅で最も忘れがたい瞬間のひとつになるはずです。
